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トルストイを初めて読む人にオススメの作品と豆知識

トルストイを初めて読む人にオススメの作品と豆知識

19世紀のロシア文学を代表する作家トルストイ。彼の作品は大きな人間愛にあふれ、読む人の心を強く深く揺さぶってきます。ここではトルストイを初めて読む人に向け、トルストイの代表3部作、「戦争と平和」、「アンナ・カレーニナ」、「復活」について紹介するとともにトルストイの人となりを見ていきたいと思います。

ニャートパイツ

この記事のアドバイザー

ニャートパイツ

記者・編集者として20年以上の実績があります。


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目次

1.トルストイってどんな作家?

トルストイは19世紀に隆盛を極めたロシア文学においてひと際強い輝きを放った作家であり、その作品群は今も多くの人の心を惹きつけてやみません。作品の登場人物は活力に溢れ、心の動きが緻密に描かれています。そしてそこで織りなされる人間模様を通じて、当時のロシアの社会背景、市民感情などを私たちはよりリアルに感じることができます。

これから紹介しますが、トルストイの長編小説、「戦争と平和」、「アンナ・カレーニナ」、「復活」は世界の名著としてベストセラーであり続けています。これらのトルストイの作中の登場人物たちは魅力的で愛おしく、行動の是非はさておき、読むものはついつい感情移入せずにはいられないほど。この力はトルストイの強くて深い人間愛によるものだと思われます。

トルストイは19世紀ロシアを代表する文豪です

トルストイを知らない人に略歴をご紹介

トルストイは1828年、モスクワの南方にあるトゥーラ県のヤースナヤ・ポリーニャという町で貴族の子として生まれました。2歳で母を、9歳で父を亡くし、親戚たちの庇護を受けながら少年時代を過ごします。それでも家が名門のため裕福であり、かつ教育熱心だったので地域の有名大学に通いますが、勉学に興味がなく遊蕩生活を送ります。

結局大学を中退し、ヤースナヤ・ポリーニャの地主となりますが、兄を追って軍人になります。そしてトルストイは軍隊生活の傍らで小説を書くようになり、戦争体験に基づく作品がやがて世間の注目を集めるようになります。その後、兄の死をきっかけに軍人を退役すると故郷に戻り、地主生活の傍ら小説を書くようになります。

34歳でのちに恐妻として知られるソフィア・ペレスと結婚後、「戦争と平和」、「アンナ・カレーニナ」などを発表していきます。トルストイはまた農民の子供たちの教育にもたいへん興味をもち、学校を開設したり、教科書を制作したりしています。

13人もの子供をもうけたトルストイ夫妻ですが、晩年は妻と不仲になり、蓄財を潔しとせず著作権を放棄しようとしたトルストイに対して、家族の生活を守るためにこれを阻止しようとしたソフィア夫人とで根深い争いがあったことが知られています。

トルストイは年を重ねるにつれて思想家・社会活動家としての様相を強めていき、国家権力や、富者が優遇される社会に対しての反旗を振りかざすようになっていきます。そして1910年、それまでの自らの贅沢三昧の人生を恥じ、家出をしたトルストイですが、旅先で肺炎にかかり、82歳でその生涯を閉じます。

農業は前近代社会の主要産業でした

その作風と世界観

トルストイの生きたロシア帝国時代は、ロシアではロマノフ朝による帝王政治が行われていました。この時代は地主貴族が地域において農民を統治する強い権力をもち、トルストイも地主貴族の出身でした。

「戦争と平和」、「アンナ・カレーニナ」、「復活」といったトルストイの有名な作品は地主貴族が主人公でその周辺で起こる出来事を描いたものになっています。したがって地主という立場から貴族の社交界、農民・農村、地域社会を描いており、彼の作品からは富を持つ者ならではの悩み・苦しみ、罪の意識などが垣間見られます。

トルストイは自らが地主貴族という上流階級出身であるという身分に甘えて暮らしてきたことを生涯恥じており、80歳を越えて家出をしたのも、今の地位を捨てて財産を貧しい人に分与して家を出るべきだという旨が記された一学生からの手紙に促されてのうえだったことが明らかになっています。

各地の図書館にもトルストイの本は置いてあります

2.ぜひ読んでおきたい、トルストイ3作品

トルストイを文豪たらしめ、世界文学の傑作として今も読み継がれる3作品について紹介していきます。

「戦争と平和」

ナポレオン戦争が勃発した時期の19世紀初頭(1805~1812年)を舞台とするロシア貴族の生活ぶりが描かれた作品です。モデルの貴族であるロストフ伯爵家、ボルコンスキー公爵家はそれぞれトルストイの父方と母方の家であることが知られています。また主人公のピエールは、トルストイの分身だとも言われます。

物語の軸となるのは戦争によって運命を左右される主人公・ピエールと親友・アンドレイ、そしてこの2人が恋に落ちるナターシャの数奇な人生模様です。

トルストイは1863年に「戦争と平和」を構想してから完成させるまでに6年間を要しており、作品は500人を超える登場人物が出てくる壮大なものとなっています。この作品は話が長く、しかも入り組んでいるので読み切るのがたいへんなことがよく知られています。最初に読むにはちょっとつらいかもしれません。

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19世紀初頭、ナポレオンのロシア侵入という歴史的大事件に際して発揮されたロシア人の民族性を、貴族社会と民衆のありさまを余すところなく描きつくすことを通して謳いあげた一大叙事詩。

「アンナ・カレーニナ」

「アンナ・カレーニナ」はトルストイが45歳の1873年に書き始め、1877年に書き終えられた作品です。この時代のロシアの上流貴族社会をテーマにした作品で、美しい容姿をもつ主人公のアンナ・カレーニナが政府の高官である夫と子供がいるにもかかわらず、ヴロンスキーという青年将校と恋に落ちてしまう、いわゆる不倫の話です。

ヴロンスキーと恋に落ちたアンナはヴロンスキーの子供を身ごもり、そして出産しますが、いつしか2人の心は離れていき、ヴロンスキーは別の女性と浮気をしてしまいます。自分への愛がなくなったと思い込んで悲観し、嫉妬に狂ったアンナは列車に飛び込んで自殺してしまいます。

なお、この話ではもう一つ別に若い地主リョービンとヴロンスキーに振られてしまったキティとの恋物語が進められており、この2人がじっくり愛を実らせ、幸せに満ち足りた家庭を構築していく模様も描かれています。

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青年将校ヴロンスキーと激しい恋に落ちた美貌の人妻アンナ。だが、夫カレーニンに二人の関係を正直に打ち明けてしまう。一方、地主貴族リョーヴィンのプロポーズを断った公爵令嬢キティは、ヴロンスキーに裏切られたことを知り、傷心のまま保養先のドイツに向かう。

「復活」

1899年、トルストイが70歳のときに書いた作品です。ある殺人事件の裁判に陪審員として参加した主人公・ネフリュードフ公爵が、殺人に関与した被告人として出廷した女性がかつて自分が軽い気持ちで性交渉に及び弄んだ下女・カチューシャだったという驚愕の事実から進展していく物語です。

カチューシャのことを調べていくと、カチューシャはネフリュードフの子供を身ごもったことで仕えていたネフリュードフの叔父の家から追い出され、子供は生後すぐに死亡。その後カチューシャは身を落とし娼婦となり、殺人事件の容疑者にまでなってしまったのですが、これはもとはと言えば自分のせいではないかとネフリュードフは罪の意識にさいなまれるようになります。

そしてネフリュードフはカチューシャの無実を知り、これを証明しようと奔走することになります。その過程で身分の違いで罪人になったりならなかったりする社会の不条理に気づいていくとともに、人としてよりよく生きていくための道を模索していく決意を固める、という話です。

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愛の理念のもと、人間の復活とは何かを問う後期の大作。老トルストイは世の中にはびこる虚偽と悪に鋭く厳しい眼差しを向ける。殺人事件の陪審員として法廷に出たネフリュードフは、容疑者の娼婦が、かつて自分が誘惑して捨て去った叔母の家の小間使いカチューシャであることに気づき、良心の呵責にさいなまれる。

3.トルストイに興味を持たれた方へ

トルストイが生きた時代の背景を知るとトルストイの作品への興味・理解はますます深まっていきます。ここではトルストイの生きた時代と同時代の、あるいは後世の人々に与えた影響について簡単に紹介していきたいと思います。

トルストイの生きた時代とその生涯

トルストイが生まれた1828年は、ロシア帝国において身分制度が堅持されていた時期で、日本の士農工商と同様、貴族・聖職者・商人・町人・職人・農民などのように身分がありました。1861年、こうした身分制度を改めるべく農奴解放令が出され、トルストイは農事調停官に任命され、地主と農民との間を仲裁する活動に従事しましたが、地主からのバッシングに合い、1年で退職しています。

この経験を通じてトルストイは行政の施策や役所の実務などの無益さをますます感じるようになったと言われています。その後、ロシアでは農村を啓蒙し、革命を起こすことで帝王の専制を打倒しようとするナロードニキ運動が活発化しますが、トルストイは暴力で政権を奪取することで解決を図る姿勢に対しては徹底的に異を唱え続けました。

同時にまた主権者が国家権力によって国民を支配する体制にも異議を唱え続け、こうしたトルストイによる暴力を決してふるわず、一方でどんな権力にも屈しないという姿勢はのちに無政府平和主義と呼ばれるようになりました。トルストイが76歳のときには日露戦争が起こりますが、このときも強く戦争反対の立場を打ち出し、自らの主義・主張を顕示しています。

クレムリン大宮殿:造営1839~1849年

トルストイが人々に与えた影響

トルストイは作家・評論家・思想家として多岐にわたる表現活動を積極的に行い、世界中の人々にさまざまな影響を及ぼしました。インドの独立運動を牽引したガンジーの非暴力・不服従の精神はトルストイから影響を受けたものであることはとてもよく知られた話です。

またトルストイが送り出した作品は当時から絶大な人気を博しており、チェーホフ、ブーニンはじめさまざまな作家に大きな影響を与えました。ソビエト社会主義共和国連邦設立の最大功労者として知られるレーニンもまた、トルストイの作品をこよなく愛していたことで知られています。

日本でも森鴎外、幸田露伴が翻訳し、「君死にたまふことなかれ」で戦争の虚しさを訴えた与謝野晶子もトルストイの思想に影響を受けたことが知られています。

世界中の人々が「人生の教師」と崇めたトルストイ

シベリアに立つロシア正教の教会

トルストイは貴族の出身であり、身分制度の中で優遇された環境の中に生き、やがて身分制度が崩壊する中、優遇された身であることに気まずさを感じながら生きてきました。またロシア帝国による専制政治とこれに反駁する勢力のはざまに生き、武力で権力を奪い合うことの無益さを訴え続けました。

私生活では私財を放棄したいと考えるも、妻、家族から強い反対にあい仲たがいした状態のままその生涯を閉じました。それでもトルストイの、人としてのよりよい生き方を常に希求し続けたその生き様は多くの人に感動を与え、世界中の人々が彼を人生の教師と崇めてやみません。

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世界的大文豪トルストイの短編を集めた民話シリーズ。文豪だからと敬遠することはありません。100ページ前後で子どもから大人まで楽しめます。

ニャートパイツ

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